医療費控除とは、1年間でかかった医療費が一定額を超えたとき、所得税の一部として還付する制度です。
従来、医療費控除は内科や外科など診察にかかる診療費や治療費、治療に必要な医薬品の購入費などが対象でしたが、2022年からは不妊治療の一部にも医療費控除が適用されるようになりました。
この記事では、不妊治療が医療費控除の対象になるのかについて、具体的な項目や申告の手順を紹介します。
控除の対象にならない治療についても取り上げていますので、不妊治療を進める際の参考にしてください。
目次
不妊治療は医療費控除の対象になるのか?
不妊治療は、2022年4月から多くの内容が保険適用・医療費控除の対象になりました。
タイミング法や人工授精・体外受精・顕微授精といった治療がその対象に含まれており、年齢制限や回数制限をクリアすれば保険適用の治療として継続することができます。
保険適用の範囲は次のとおりです。
項目 |
【一般不妊治療】 タイミング法/人工授精 【生殖補助医療】 採卵・採精/体外受精・顕微授精/受精卵・胚培養/胚凍結保存/胚移植 |
年齢 |
女性が40歳未満の場合は最大で6回まで 40〜43歳未満の場合は最大3回まで |
金額 |
保険診療の治療費の3割負担 高額療養費制度の利用も可 |
医療費控除は、年間の医療費が一定の金額を超えたとき、確定申告によって所得税の一部が還付される制度です。
不妊治療では、保険適用であっても一部に自己負担が生じます(例:保険対象外の先進医療、投薬、通院時の交通費など)。
医療費控除はこれらの費用を対象としており、申告によって一定の節税効果を得ることができます。
保険適用外の自由診療(一部の先進医療や男性不妊の検査など)も、治療を目的とするものであれば医療費控除の対象になる可能性がありますが、美容目的や任意の検査は対象外です。
医療費控除を受ける場合は、領収書・明細書の保管に加え、「医療費控除明細書」の提出や確定申告が必要です。
医療費控除の対象となる不妊治療
医療費控除の対象となる治療費は次のとおりです。
- 不妊治療にかかる費用
- 凍結した卵子の保管料
- 体質改善の施術にかかる費用
- 鍼師や灸師などによる体質改善の施術にかかる費用
- 通院するための交通費
- 病院で処方された薬にかかる費用
- 医師の紹介料
ここからは、控除対象の治療費を詳しくみていきましょう。
不妊治療にかかる費用
不妊治療とは、人工授精・体外受精・顕微授精といった指導や技術のことです。
これらの治療は原則として自己負担3割であり、医療費控除の対象です。
目安として、タイミング法のように指導のみであれば数千〜数万円程度の治療費ですが、顕微受精や凍結胚融解移植のように高度な技術を必要とする治療は2〜30万円からが治療費の目安です。
治療費が高額になった場合は、高額療養費制度の適用も受けられます。
これから不妊治療を始める予定の方は、クリニックで費用の目安を聞き、保険適用下での治療費を計算してみてください。
凍結した卵子の保管料
卵子凍結は、体外受精のための治療として行われる場合は医療費控除の対象です。
しかし、将来の妊娠に備えて個人で卵子凍結を受けた場合は、不妊治療とは直接の関係がないため、控除の対象には含まれません。
鍼師や灸師などによる体質改善の施術にかかる費用
不妊鍼灸のように、妊娠のための体質改善マッサージや鍼治療に支払われる施術費は、基本的に保険適用の対象外です。
ただし一部の医療機関では治療として提供されているため、医療行為としての施術には保険が適用されます。
医師が鍼灸やマッサージを必要と認めた場合や、神経痛など特定の疾病に対しての治療として提供されるケースでは保険適用となります。
通院するための交通費
不妊治療のために通院する際、バスや地下鉄などの公共交通機関にかかった交通費は医療費控除の対象です。
ただし、「医師等による診察等を受けるため直接必要なもの」が通院費として計上できるので、診察治療以外の目的にかかった交通費は対象外となります。
また、交通費は「人的役務の提供の対価として支出されるもの」と定められており、電車やバスが該当します。
自家用車で通院した場合は人的役務の提供ではなくなるため、ガソリン代や駐車料金は控除の対象とはなりません。
病院で処方された薬にかかる費用
治療のために処方された薬(内服薬や漢方薬など)も控除の対象です。
医療機関で処方されてはいないが個人で不妊治療を目的として購入した医薬品についても、適切と認められるものは控除の対象となります。
医師の紹介料
不妊治療を受ける際、特定の医師や治療のために病院を変更する場合、変更前の病院の医師に紹介状の記入を依頼します。
このとき請求された紹介料も医療費控除の対象です。
医療費控除の対象外となる不妊治療は?
次に、医療費控除の対象外となる不妊治療について確認していきましょう。
自家用車などで通院したときの交通費
検査や治療のために、自家用車を使って通院した場合は、ガソリン代や駐車料金を交通費として計上することはできません。
サプリ・漢方薬の費用
妊活サプリと呼ばれるサプリメントや体調を整える漢方薬は、治療に直接の関係がなく診断を受けて処方されているものでなければ、医療費控除に含まれないため注意が必要です。
妊活イベントなどの費用
妊活のためのセミナーや説明会、ヨガやエアロビクスなどのイベントにかかった費用も、治療費に含めることはできません。
医療費控除を申告する手順
ここからは、医療費控除を申告する手順をみていきましょう。
流れ①必要書類をそろえる
医療費控除の申告では、必要書類を事前に準備します。
- 医療費控除の明細書
- 源泉徴収票※
- 本人確認書類
※給与所得者の場合
医療費控除を受けるためには、1年間に支払った医療費を項目ごとに記入しなければなりません。
正しく数字を記入するために、領収書や医療費通知などをまとめておき、参照しましょう。
源泉徴収票は会社などで働いている給与所得者のみ必要です。
本人確認書類は控除を受ける人を証明するための書類で、マイナンバーカードや運転免許証が必要です。
e-Tax(国税電子申告・納税システム)を利用する際は、マイナンバーカードに対応するカードリーダーやスマートフォンを準備してください。
流れ②確定申告書を作成・提出する
必要書類が揃ったら、確定申告書を作成します。
国税庁のホームページへアクセスし、「確定申告書等作成コーナー」で、画面の案内に沿って金額を入力していきます。
医療費控除を反映した状態で確定申告書が作成できるので、作成した書類はe-Taxでそのまま送信するか、コピー用紙に印刷して管轄の税務署へ郵送・持参してください。
医療費控除の明細書を提出すれば、原則的に領収書の提出は不要です。
ただし、税務署から問い合わせがあったときは領収書を確認しなければならないため、5年間は自宅で保管してください。
流れ③還付金が入金される
確定申告書の提出が完了し、内容に不備がなければ約1ヶ月~1か月半後に申告した口座に還付金が振り込まれます。
還付金の額は、控除の際に軽減された所得税額に合わせて決定されるため、申告内容によって異なります。
いつまでも還付されない場合は、申告内容に誤りや不備が含まれている可能性があるため、e-Taxの「申告等データの送信結果確認」機能を使うか、管轄の税務署に電話連絡をして確認しましょう。
医療費控除で還付される金額の求め方
医療費控除で還付される金額の求め方は、総所得金額(※)が200万円を超えるか否かで異なります。
それぞれの求め方を確認していきましょう。
※給与所得者は年収から給与所得控除額を差し引いたもの。自営業者は必要経費から青色申告特別控除を差し引いたもの
総所得金額等が200万円未満のケース
総所得金額が200万円以上の方は、次の計算式で医療費控除額が計算できます。
1年間に支払った医療費の総額-保険金等で補填される金額-10万円
総所得金額等が200万円以上のケース
総所得金額が200万円未満の方は、次の計算式で医療費控除学を計算します。
1年間に支払った医療費の総額-保険金等で補填される金額-総所得金額等の5%
不妊治療の医療費控除を受ける場合のポイント
実際に、不妊治療の医療費控除を受ける場合のポイントを確認していきましょう。
ポイント①領収書を保管しておく
医療費控除の申請では、実際に支払った医療費の金額を正しく証明するために、受け取った領収書や明細書を必ず保管しましょう。
不妊治療は通院や検査が複数回行われ、施術や投薬などの治療を含めると、支払う医療費の合計金額が高額になりやすい特徴があります。
いつどこで何にどれだけのお金を支払ったのか、必要な情報を明記した領収書を時系列で整理しておくことで、申告がスムーズに進められます。
電子申告では領収書などの原本を提出せずに申告できますが、税務署からの問い合わせや不備に備えて原本は5年間程度保管しておきましょう。
また、交通費を証明するためのレシートや記録も時系列で揃えておくと、より正確に控除額を算出できます。
ポイント②所得が多いほうが申告する
医療費控除を節税に役立てるためには、カップル・夫婦の所得が多い方が申告を行いましょう。
医療費控除は、総所得金額の5%または10万円のいずれか少ない金額を超えた部分が控除される制度です。
所得が高いほど控除額が大きくなり、それに伴って還付される税額も増えます。
一例として、共働きの夫婦で夫が高所得者、かつ妻の不妊治療費を支払っているケースでは、夫が医療費控除を申告することで大きな節税効果が期待できるでしょう。
注意点として、控除を受けるにはその医療費を所得の多い方が実際に負担している必要があります。
実際の申告では医療費や交通費の支払いを夫婦のどちらが行っているかがチェックされるため、注意が必要です。
ポイント③夫婦の治療費を合算する
医療費控除では、生計を一にしている家族であれば、全員分の医療費を合算して申告できます。
たとえば、妻が体外受精、夫が精液検査(男性不妊の検査)を受けるといった、夫婦それぞれで不妊治療を受けているようなケースでは、夫と妻の治療費を足して1人分として申告することで、控除額が大きくなる可能性があります。
夫婦のうちどちらが申告者に適しているか(所得の多い方)を判断してから申告すると良いでしょう。
合算にあたり、領収書やレシートは夫婦ごとに時系列で保管し、いつ誰がどの治療を受けたのかを明確にしましょう。
ポイント④マイナ保険証を利用する
2022年以降、医療機関での受診時にマイナ保険証利用すると、医療費控除の申請がスムーズに行えるようになりました。
マイナ保険証を利用して医療機関を受診すると、その情報が医療費通知として自動的にマイナポータルに記録される仕組みです。
これにより、医療費の明細を1件ずつ入力する手間が省け、控除申告書の作成が容易になります。
e-Taxから申告すれば、領収書の提出は原則不要です。
不妊治療は通院回数が多く、費用も高額になりやすいため、マイナ保険証の活用によって効率的に医療費を管理できるでしょう。
不妊治療の医療費控除を受けるなら覚えておきたいこと
不妊治療にかかる費用は、条件を満たせば医療費控除の対象として、税の負担を軽減できる可能性があります。
所得の高い方が申告することで還付される税額が大きくなるため、計画的に行動すると良いでしょう。
控除の対象は1年間で支払った医療費のうち、10万円または所得の5%を超える部分です。
共働きの夫婦が治療費を合算して申告するときは、どちらの名義でまとめるかを話し合っておくと良いでしょう。
注意点として、医療費控除は所得控除のため、夫婦や家族全員が税の負担を軽減できるものではありません。
所得税額が少ない方、控除額が基準に満たないケースでは還付が発生しないこともあり、控除の仕組みや流れを把握したうえでシミュレーションをしておくと安心です。
医療費控除以外に不妊治療にかかる費用の負担を減らす方法
次に、医療費控除以外に不妊治療にかかる費用の負担を減らす方法をみていきましょう。
会社の福利厚生を活用する
不妊治療では持ち出しによる負担が大きくなりやすく、経済的な負担を軽減する手段として、勤務先の福利厚生制度の活用を検討しましょう。
公的制度に加えて会社独自の制度も積極的に調べながら利用することで、治療と仕事の両立がしやすくなり、金銭面の負担軽減につながります。
企業によっては、不妊治療への補助制度や特別休暇として治療費の一部を助成する制度、通院のための有給休暇(リプロダクティブヘルス休暇)などを設けています。
健康保険組合が実施している付加給付や助成制度を利用できる場合もあるため、詳しくは所属先や健康保険組合にご確認ください。
医療保険に加入する
不妊治療は費用がかさみ、治療の進捗によっては長期間継続することもあります。
そうしたリスクに備える方法のひとつが、医療保険への加入です。
この場合の保障とは、治療に伴う入院・手術・投薬が発生した際に、給付金が受け取れるというものです。
近年では不妊治療をサポートする特約やプランを備えた保険商品も登場しています。
注意点として、すでに不妊治療を始めている場合は加入不可、または特定の保障が適用されないため、加入前に補償内容や条件を十分に確認しましょう。
高額療養費制度を利用する
不妊治療で保険診療を受け、治療費が高額になったときは「高額療養費制度」の利用によって自己負担額を軽減できます。
この制度は、1ヶ月にかかった医療費の自己負担額が一定の上限値(※所得に応じて異なる)を超えたとき、超過分が後から払い戻される仕組みです。
かつての体外受精や顕微授精は高額な治療でしたが、現在では保険の適用対象となったため、費用が高額になっても上限額を超えた分が補填され、治療を続けやすくなっています。
ただし、自由診療や先進医療にかかった治療費は制度の対象外となるため注意が必要です。
不妊治療の多くが医療費控除の対象に含まれる
今回は、不妊治療が医療費控除の対象になるのかについて、対象となる項目や対象外の項目、申告の手順を紹介しました。
一般不妊治療・生殖補助医療の費用に加えて、治療を受けるためにかかった交通費や医師の紹介料にも保険が適用されるため、制度改正前よりも不妊治療のための治療が続けやすくなっています。
家計を同じにする家族であれば治療費の合算によって税の負担を抑えられ、費用が高額になったときは高額療養費制度が利用できます。
不妊治療に医療費控除の適用を考えている方は、制度の仕組みや対象となる範囲、還付までの流れをよく確認することをおすすめします。